我が家族の記憶&記録綴り

2人の息子を誇りに思う。

■2人の息子を誇りに思う。

【改めて妻に感謝】

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妻が亡くなり2週間が過ぎた。。。

僕は47歳で妻を亡くしたが・・・

長男は17歳、次男は12歳で母を亡くした・・・

誰が悪い訳でもない。。。

これが運命である。。。

僕でも経験した事の無い事を2人の息子は経験しとる!
母が居ない事での息子達の心は・・・
親としての想像でしかないと思う。
だから僕は息子達に押し付けな考えだけはしてはならない。

妻が危篤を迎え、僕達の前から消えてしまって現在。

2人の息子を誇りに思う!

そして2人の息子を産んでくれた妻。
僕の知らないところで其々の息子との世界を持っていた妻。
本当に感謝しかありません。。。



【妻も喜んでるはず】

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今年の2月に乳がんが肝臓に転移してしまい余命を宣告された。

持っても夏・・・

次の抗がん剤の効果があっても秋を迎える事は困難と・・・

妻と悩んだが・・・
その日の夜に2人の息子に伝える事を決めた!

乳がんで闘病中で有る事は何年もまえから知ってる息子達・・・

余命を宣告され1番辛いのは妻!

余命を黙って大好きな息子達と生活するのは妻が1番辛い!

そう考え妻のためにも絶対に息子達に伝えるべきっと考え伝えた。

いつかは、こんな日が来るって想像してた我々家族。。。

その時は4人で泣いた。。

泣いて、泣いて、泣きまくった。。。

でもこの日から僕と息子達は現実を受け止め
来る日の為に覚悟を決めた!!
家族4人で居れる時間を楽しんだ。

洗濯・炊事、ゴミ・・・・・
教えてもらえる事は妻に笑顔で教えてもらった。

その甲斐あって今では次男の弁当は僕が作ってる。

そしてゴールデンウィーク前の検査で・・・
余命は変わらない事を告げられた。

当然、息子達にも告げた。
息子は泣かなかった。
僕は泣いた・・・

嫁の実家にも報告し覚悟を決めてもらった。

6月に入り・・・

日に日に体力が落ち、自分のことすら出来なくなっていく妻。

呼吸も辛く呼吸器なしでは生活できなくなってた。

でも4人一緒に同じ場所に居れる事を嬉しく強く強く感じた。

7月に入ると・・・

妻は人の手を借りないと何も出来なくなってしまった。

妻がベッドで眠ってる顔を見るのが僕と息子達の楽しみやった。
寝てる時だけは妻も安心出来、ラクになれてたのか・・・
凄い気持ち良さそうに寝てる。
その顔を3人で見るのが日課みたいになってた。。。

そして7月7日

もうトイレにも行けない・・・
嫁の体力も著しく低下・・・

嫁を抱きかかえ車に乗せ緊急入院した。

嫁も僕も息子達も理解している。

もう家に帰ってくる事の無い入院って事を・・・

そして担当医に僕一人が呼ばれた。。。

担当医に告げられた。

「明日中に会わせておきたい人に会わせてあげて下さい。」
「明日明後日がヤマです。」
「仮に今回のヤマを越えれても数日単位、1週単位で寿命が延びるだけ。」
「もう肝臓だけでなく肺にも・・・」
「ヤマを越えれば越える程、苦しんで死んでしまう。」
「肝不全になってるので最終的には肝臓破裂する。」
「どんな奇跡が起こっても7月は越えれない。」

一人で帰宅した僕は息子達に言った。

「お母さん、もうアカン、アカンのや・・・」
「よう頑張りよった。」
「思い切り泣け!」
「入院見舞の際には笑顔で行ってやろう!」

妻の症状について全て息子に伝えた。。。

12歳の次男は大泣きし・・・
17歳の長男は泣くのを我慢してた。。。
次男が可哀相過ぎて次男の前で泣くのを我慢してたと後で聞いた。

次男が風呂に入ってる時に長男は大泣きしよった。

息子2人の涙がとても辛かったけど・・・
長男の成長には親として凄く逞しく嬉しかった。

その後、妻の実家に報告に行った。
次男もついてきた。
行きの車内で色んな話をした。

そして妻の実家で報告してる時には涙ひとつ流さなかった次男。

僕達3人はもう腹はくくった!
その時を待つだけや!

毎晩、息子達は見舞いに行った・・・
見舞いに行ったというより母に会いに行った。
今日がお母さんの顔見るの最後?
お母さんと話出来るの最後?
そんな感覚やった。。。

1回目のヤマは越せた・・・

でも・・・

病院からの帰りの車内で息子達は言う。

「お母さんと1日でも長く居たいけど、そうなるとお母さんが苦しいだけや。」
「今更、お母さんとの想い出増やしても仕方ない。」
「次にヤマきたら今回よりお母さんは苦しいはず・・・」
「次のヤマで無理せず、苦しみが少ないうちに息を引き取って欲しい・・・」
3人の意見が全く同じであった。

これは当事者にしか分からない感情やと思う。

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そして次のヤマがきた・・・

入院9日目の土曜日でした・・・

僕達は苦しまずに息を引き取ってくれる事を願った。

そして・・・・・
妻が生まれ育った京都市内で祇園祭宵山の日に・・・
7月16日午前4:15に妻は逝った。

不思議や・・・

涙は出るが少しだけやった。
息子達もそうであった。

長年に渡る抗がん剤治療で髪の毛がない妻・・・
ウイッグを着け、着替えさせてもらい、ニット帽子も・・・
そして薄く化粧・・・
死に水を取る時には涙が止まらんかった。。。

ウイッグを着けずに亡くなった時の顔は苦しそうに見えたが・・・
おめかしした妻の死に顔は・・・
めっちゃ可愛く、そして優しく、しかも少し微笑んでる。
妻が最後に息子達に見せたかった表情やと感じた。

息子達も全く同じ感覚であった。

僕は19年
長男は17年、次男は12年

妻(母)と過ごした年月で1番可愛いく優しい顔をしてた嫁の最後の顔。

僕達3人の財産です!!


その後、葬儀会場へ搬送の段取りや僕の母の送迎で一旦病院を出た。
一人残った長男は・・・
冷たくなっていくお母さんの身体を触り・・・
腕をとり、手を握り大泣きしたらしい・・・
妻と長男の世界があった。。
そして長男は決心したらしい!!
「今、ここで涙を出し切る!」
「葬儀終わるまで絶対に泣かん!」
そんな約束を目の前のお母さんと話したらしい。

そして・・・

遺体安置
お通夜
告別式
火葬・収骨
初七日法要

途中で何回か泣きそうになったが・・・
お母さんとの約束を見事に果たした長男。。。
本当に成長を感じる事が出来た。
妻は前から長男の本質を見抜いてた。
やはり母親は凄い。

次男も告別式の最後の別れまで大泣きする事もなく・・・
最後、棺が閉められる寸前にお母さんの顔を触り・・・
「ありがとう!」
「苦しかったやろ!」
「俺も頑張る!お母さんありがとう!」
っと言って泣いてました。
その姿を見てた長男は必死で涙を堪えてました。

本当に・・・
息子達を素直に立派に育ててくれた妻に感謝しかありません。


葬儀に来てくれた息子の友達たちが・・・
全員泣いてくれた。
最後に妻の顔を全員が見てくれた。

彼らにしてみたら・・・
友達のオカンですが・・・

妻の存在感大きさを改めて気付かされることになりました。


僕達は前を見て生きて行く!!
息子達には・・・
苦しくて逃げ出したくなる時に・・・
お母さんの死を想い出せ!
っと言いました。

息子より僕が立ち直れてないかもです。。。


2人の息子を産んでくれて「ありがとう!!」

後の事は俺に任せとけ!!




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